行動多型

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行動多型とは?

 動物界には、外的環境の変化に対して、遺伝情報の中から環境に適した表現型を発現させる種がいる。このような種では、様々な行動・体色・形態を示す個体が発生する。例えば、渓流に生息するヤマメというサケ科の魚は、稚魚の時期に川に残ると体の小さいヤマメ(陸封型)になり、川を下り海で育つと巨大なサクラマス(降海型)になる。両者は外部形態だけでなく、行動も著しく異なる。しかし、もともと同一の種なので、それぞれの配偶子が受精すれば受精卵は発生でき、その個体が不妊になることもない。このように、同一種で同じ遺伝子セットを備えていながら、環境に応じて異なる表現型が生じる現象を表現型多型といい、その結果、行動に多型が生じる場合を行動多型という。行動多型は昆虫でも様々な種で見られる。例えば、トノサマバッタの仲間に見られる相変異(生息密度で外部形態や体色・行動が変わる現象)やチョウの仲間に見られる季節型(季節によって翅の模様や行動が変わる現象)なども行動多型の一種である。種内で見られる行動多型は、多様でミクロな生息環境に各個体が適応した結果であると考えられる。


社会性昆虫に見られる繁殖分業

 ハチアリシロアリアブラムシのように血縁個体で構成される集団を形成し、秩序ある社会を構築している種を社会性昆虫という。社会性昆虫の中でも高度な社会を進化させた種では、個体間で繁殖の偏りあるいは分業が見られる。繁殖分業の見られる種では、個体がそれぞれの仕事に特殊化した形態や行動を発現させ、効率的な分業を実現させている。このような分業に特殊化した個体の集団をカーストといい、繁殖を行うカーストを女王、それ以外の不妊のカーストをワーカーという。カースト分化も行動多型の一つであり、行動様式の異なる個体が一つの集団内で分業し協力し合うことにより、血縁集団の適応度を高めている。


繁殖カーストの決定

 ハチアリ類の繁殖カーストは幼虫期に与えられる餌の質や量で決定される。セイヨウミツバチでは女王になる個体は幼虫期にローヤルゼリーと呼ばれる糖分・タンパク質の豊富な餌をワーカーから与えられて育つ。一方、ワーカーになる幼虫はワーカーゼリーという糖分・タンパク質ともに少ない餌を与えられる。女王になる幼虫はローヤルゼリーのような良質の餌を摂取し、しかも餌摂取量はワーカー幼虫と比べて多い。ローヤルゼリーの主要な成分をワーカーゼリーに混ぜて幼虫を飼育してもその幼虫は女王にならないが、糖(ブドウ糖や果糖)をワーカーゼリーに混ぜるとその幼虫は女王になる。したがって、ローヤルゼリー中に多く含まれる糖が幼虫の摂食量を高め、女王分化を導いている可能性がある。ローヤルゼリーを摂取した幼虫は、幼若ホルモンを活発に分泌し、血中の幼若ホルモン濃度を高くする。実験的に幼若ホルモンを幼虫に投与すると女王分化が誘導できる。女王幼虫では、多量の餌摂取が胃壁の伸張受容器の活動を介して幼若ホルモン分泌を高めていると考えられている。


カースト特異的な脳

 それぞれのカーストで発現している形態は、仕事を効率良くこなすための合理的な構造をしている。セイヨウミツバチでは、女王は巣作り・育児・採餌・巣の防衛に関する仕事を一切行わず、産卵を専門的に行う。そのため、女王は産卵に関わる生殖器官や自分の存在を示す女王フェロモンを分泌する大顎腺を発達させている。一方、ワーカーは巣作り・育児に関わる外分泌線、採餌に関わる複眼や化学感覚子、巣の防衛に関わるフェロモン分泌腺を発達させている。カースト間における中枢神経系の形態的な違いを見てみると、女王は生殖器官の運動パターンの形成・出力に関わる腹部終末神経節を融合させ、合理的かつ複雑な産卵神経回路を形成しているのに対し、ワーカーは腹部終末神経節を分離させ、刺針運動に特殊化した神経回路を形成している。脳では、ワーカーが複雑多岐な仕事をこなすために、多様な感覚器官からの情報を処理する触角葉やそれらの情報を統合するキノコ体を発達させている。


ワーカーの産卵個体化(カーストの転換)

 ミツバチでは、ワーカーは通常、卵巣を発達させず産卵行動を示さないが、女王が不在になると、ワーカーが卵巣を発達させ、産卵ワーカーになる。卵巣を発達させたワーカーの行動を観察すると、協力的であった個体間の関係が一転し、個体の攻撃性は高くなり、他個体からの攻撃を受け、体毛が抜け、翅をかじられた個体もみられるようになる。いったんワーカーが卵巣を発達させると、産卵ワーカーは女王フェロモンと同様の物質を放出するようになる。その結果、他のワーカーの卵巣発達は抑えられ、数個体の産卵ワーカーによって産卵が独占されるようになる。


適応的な脳の形成

 カースト転換のような適応的な行動変化は、成虫の脳の発育にまで影響を与える。一般に、脳は発生のある段階までは遺伝的なプログラムに基づいて発育するが、その後、学習・経験を通して個体の行動に適応した脳を創り上げていく。昆虫では、羽化の時点で脳の基本構造はできあがるが、その後のカースト特異的な行動内容に依存して、行動に特殊化した脳が形成されていく。例えば、嗅覚の依存度の高い育児ワーカーでは大きな触角葉を、空間構造の認知や視覚・嗅覚に基づく連合学習をする採餌ワーカーではキノコ体のニューロパイルを相対的に発達させる。また産卵ワーカーでは、通常のワーカーと比べて嗅覚連合学習の反応が低く、その嗅覚情報処理に関わる触角葉の糸球体の体積が小さい。このように、脳の形態形成は、環境変化に対して行動を適応させる過程で、反復行動によるフィードバックを受け、あるいは直接的なホルモンの作用を受けて、それぞれの行動様式に特殊化していくと考えられる。


佐々木 謙  玉川大学