エピジェネティクス

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Abstract  人間はヒトという同じ種であっても,一人一人外見上の違い・個性がある.この多様性はどうして生まれてくるのか.それには,主に3つの要因が挙げられる.1つ目は外的な環境要因.2つ目はヒトの設計図であるゲノムDNAの違いである.ヒトでも,ヒト以外の生物でも,任意の二つの個体でゲノムDNAの塩基配列を比較すると,1000個に1個の割合で塩基の置換が起きている.そして,3つ目の要因がエピジェネティクスである.エピジェネティクスとは「ゲノムDNAの塩基は入れるパターンには影響を与えることなく,遺伝子の発現や機能を調節する仕組み」を言い,もともとは発生学の分野から生まれた概念である.ここでは,近年,行動学や神経生物学にも取り入られてきているエピジェネティクスについて紹介する.

1.エピジェネティクスとは? 遺伝子発現はDNAからmRNAへの転写,mRNAからタンパク質への翻訳を経る.エピジェネティクスは,特に転写反応のスイッチのオンとオフを調節する機構である.具体的に,「ヒストンの化学修飾による遺伝子発現の変化」と「DNA塩基のメチル化による遺伝子発現の変化」の2種類の修飾による調節機構がある.

2.ヒストンへの修飾 クロマチン構造 一つの細胞が持つゲノムDNAの総延長は約2 mである.真核細胞の場合,ゲノムDNAを直径10 mの核にヒストンに収納するために,ゲノムDNAがヒストン・タンパク質に巻き取られた複合体であるクロマチン構造をとる.さらに,コンデンシンというタンパク質が,クロマチンをコンパクトな棒状の構造に凝集させ,これが染色体となる. ヒストンには,H1,H2A,H2B,H3,H4の5種類がある.ヒストンのアミノ酸配列は種間で非常に高い保存性(ほぼ100%)を示す.5種類のヒストンのうち,H1以外の4種それぞれ2個がヒストン八量体を形成する.このヒストン八量体にゲノムDNAが約2周(140-150 bp)巻きついてヌクレオソーム構造が形成される.

遺伝子発現とクロマチン 転写反応の開始には,RNAポリメラーゼや転写調節因子などのタンパク質の働きが必要不可欠である.しかし,ゲノムDNAが強固に折り畳まれたクロマチン構造を取っているため,上記のタンパク質はゲノムDNAには結合できない.そのクロマチン構造は,ヒストンをアセチル化することで緩められる.CREB binding protein (CBP)などに代表されるヒストンアセチルトランスフェラーゼ(histone acetyltransferase: HAT)の働きにより,アセチルCoAのアセチル基がヒストンの特定のリジン残基に付加される.また,ヒストンからアセチル基を除く酵素は,ヒストンデアセチラーゼ(histone deacetylase: HDAC)である. ヒストンはアセチル化以外に,メチル化やリン酸化を受けることも知られている.特にメチル化は,アセチル化と逆に,クロマチンの凝集させる働きがある.

3.DNA塩基への修飾 CpGアイランド 脊椎動物では,ゲノムDNAを構成するアデニン,シトシン,グアニン,チミンの4種類の塩基のうち,シトシンとグアニンが隣り合うDNA配列(CpGサイト)であるCpGアイランドがよく見られる.CpGアイランドの定義は,少なくとも200塩基対の長さを持ち,GC含量が50%以上で,存在するCpGの割合が60%以上というものである.CpGアイランドは,哺乳類の遺伝子のプロモーターの40%近く(ヒトの遺伝子のプロモーターの約70%)を占める.

シトシンのメチル化 脊椎動物においては,CpGアイランドのシトシンが高度にメチル化を受ける.シトシンのメチル化はDNAメチルトランスフェラーゼによって触媒される.シトシンがメチル化を受けると,メチル化シトシンに特異的に結合するタンパク質(methyl-binding protein: MBP)などの働きにより,遺伝子発現の抑制や,染色体の不活化が起こる.

無脊椎動物におけるシトシンのメチル化 近年,ショウジョウバエ,ミツバチ,ホヤといった無脊椎動物でもメチル化シトシンの存在が報告されている.しかし,メチル化の様式は脊椎動物とは異なり,CpGサイトに限らずグアニンと隣り合わないシトシンや,アデニンへのメチル化の存在も報告されているが,それらのメチル化に至る分子機構の詳細は明らかではない.