掃除行動

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掃除行動は、他の行動と比較すると注目度は低いが、動物が生存していく上で、おろそかにできない重要な行動である。ここでは掃除行動の役割やメカニズム、そして多様性などを、様々な動物の例と共に紹介したい。


掃除行動の定義

 掃除行動とは、動物の体表および生活環境に存在する異物を除去し、その異物によって生じる身体の異常を防ぐための行動全体を示す。ここでの異物とは、生息環境(巣を含む)に存在する泥やホコリ、カビや寄生虫だけでなく、自分の体から出る排泄物や分泌物、または仲間の死骸などのことである。これらの異物を放置すると、目や皮膚などの感覚器官が正常に働かなくなることに加えて、異物がバクテリアなどの温床となり、病気になる危険性がある。われわれ自身の日常生活を振り返っても、部屋を掃除し(生活環境レベル)、髪の毛や体を洗い(個体レベル)、そして目ヤニやタンなどによって器官から異物を自動的に排出している(器官レベル)。


掃除行動のメカニズム

掃除のタイミング

 まず単純に、体表や周辺の異物の存在を、視覚、嗅覚、そして触覚などによって感知し、その異物を正確に除去する場合がある。これは多くの動物で見られる。例えば脳を除去した脊髄ガエルにおいて、皮膚に刺激を与えると、正確にその部位を後肢で引っかく行動が生じる。さらに別の部位の皮膚に刺激を与えると、新たに刺激を与えた部位を引っかく。これは引っかき反射と呼ばれる。

 その一方で、異物の有無にかかわらず一定の頻度で掃除を行う場合がある。カニのエラを通る水流は普段は一定方向であり、これは顎舟葉という突起の運動で生じている。そしてこの運動が一定回数ごとに逆転することで、一過性の水流のかく乱が生じ、エラに付着した異物を定期的に払い落とす働きがあると考えられている。

 さらに、特殊な体表構造をあらかじめ備えることで異物からの影響を最小限にしている場合がある。昆虫の体表は高い撥水性のあるクチクラに覆われており、そのクチクラの表面構造には様々な形態が見られる(チョウの翅の鱗粉など)。これらによって異物が体表にできるだけ付着しないようにしているのである。また水鳥などでは尾の付け根の尾脂腺から分泌される油を羽毛に塗ることによって防水性を保っている。

掃除の方法

 多くの動物では、手、脚、口、舌、くちばし、そして尾など、通常は歩行や摂食などに用いられる部分を使って、体表に付着した異物を除去する。しかし体の構造上、これらが届かない部位については、体そのものを振動させたり、周囲の環境を利用することで異物を処理する場合がある。多くの哺乳類や鳥類では砂浴びや水浴びが見られる。また魚類やクジラが水上へ飛び跳ねるのは、体を水面にたたきつけることで体表の異物を落とすためと考えられている。珍しい行動として、海水魚のクロダイが、塩分濃度が低い河口の表層部の水に入り、浸透圧の差によって体表の寄生虫を駆除する「淡水浴」が報告されている。

 一方、ヒトなどの気管表面の繊毛運動(および粘液層の存在)のように、表面構造そのものの運動によって異物処理を積極的に行っている場合がある。


異物のゆくえ

 多くの場合、除去された異物はそのまま周辺に落とされるか、積極的に体外(または巣外)へ搬出される。しかしアリやモグラなどの地中生活者の巣では「ゴミ捨て場」へ貯蔵される。また異物を体外へ排出できない場合、何らかの方法で無害化して体内で保存する。コオロギ類の生殖器には、フンなどのゴミを貯蔵する「ゴミ袋」の存在が確認されており、この袋は側方嚢と呼ばれる。さらにアコヤガイでは外套膜から炭酸カルシウムを主成分とする真珠質が分泌され、異物はそれらに包み込まれる(いわゆる真珠)。

 一方、海底で固着生活するサンゴなどでは、その生息環境ゆえに沈んでくるゴミや泥で汚されやすい。これらの異物はヒトの気管と同様に、粘液に包まれて繊毛運動によってサンゴの腔腸内部から外部へ排出される。そして粘液に包まれたゴミはサンゴ群体の上で生活するサンゴガニなどの重要なエサとなり、これらに食べられることで効率的に処理される。


掃除の専門家

 個体レベルでは、いわゆる「掃除屋」として他個体の体表の異物を処理する場合がある。たとえばホンソメワケベラはクエなどの、ウシツツキはスイギュウなどの「掃除屋」であり、これらは異種間で共生関係を持つといえる。さらに同種間でも、一部の個体が掃除専門に形態を特殊化させて「掃除屋」となった例が見られる。外肛動物のコケムシは、サンゴのように群体で固着生活をする。あるグループのコケムシでは、群体を構成する個体の中でも、掃除(および防衛)に特殊化した形態をもった個体(鳥頭体および振鞭体と呼ばれる)が見られ、役割を分担している。

 器官レベルでは、体の一部を掃除専用に発達させた例が見られる。ミツバチの働きバチには前肢の第一ふ節の基部に、触角に付着した花粉をしごき取るための「アンテナクリーナー」と呼ばれるくぼみがある。またカニの3対の顎脚には、縁に毛の生えた平らで細長い鎌状の突起があり、これらをワイパーのように動かしてエラの表面を掃除する。さらにコオロギ類の生殖器には膜の一部が風船のように膨らんだ、正中嚢と呼ばれる器官がある。これが生殖器内を左右に周期的に動くことに加えて、生殖器自身も周期的に収縮することによって、生殖器内のゴミが先述の「ゴミ袋」へ移動して貯蔵される。


掃除行動の利用

 掃除行動が単なる異物処理ではない場合がある。異種間の共生関係では、「掃除屋」は相手の異物を除去する代わりに、その異物を食物として利用している。一方、同種間に見られるグルーミングは、コミュニケーションの手段としても用いられている。例えばニホンザルでは、他個体との社会的関係の形成・確認の手段として、毛づくろいが行われる。

 また、なわばり維持のために掃除行動が用いられる場合がある。干潟に生息するヒメヤマトオサガニでは、他個体の甲羅や脚に付着している泥を摂食するという、他個体に対する掃除行動が見られる。隣接したなわばりの個体間において、その境界付近で2匹が出会い、そこで掃除行動が生じると、掃除された側は自分のなわばりの巣穴へ戻る場合が多い。この結果、掃除した側が引き続きその場所に留まることが可能となり、なわばりが確保される。これらは掃除する側が掃除によって相手に利益を与える代わりに、自分も何らかの利益を得る行動であり、掃除行動を別の目的のために利用