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[[Category:動物の生きるしくみ事典]]
[[Category:動物の生きるしくみ事典|コウシユウセイ]]
一日の明期または暗期の長さに対する生物の反応を光周性と言う。光周性は、植物が花芽形成を誘導するしくみとしてW.W. GarnerとH.A. Allard (1920) により発見された。その後、[[:Category:節足動物|節足動物]](昆虫、蜘形類、甲殻類)、[[:Category:軟体動物|軟体動物]](腹足類)、[[:Category:脊椎動物|脊椎動物]](硬骨魚類、爬虫類、鳥類、哺乳類)など、さまざまな動物で報告されている。例えば、昆虫では繁殖や休眠などの生理活動の調節が光周性によって調節される。
一日の明期または暗期の長さに対する生物の反応を光周性と言う。光周性は、植物が花芽形成を誘導するしくみとしてW.W. GarnerとH.A. Allard (1920) により発見された。その後、[[:Category:節足動物|節足動物]](昆虫、蜘形類、甲殻類)、[[:Category:軟体動物|軟体動物]](腹足類)、[[:Category:脊椎動物|脊椎動物]](硬骨魚類、爬虫類、鳥類、哺乳類)など、さまざまな動物で報告されている。例えば、昆虫では繁殖や休眠などの生理活動の調節が光周性によって調節される。




==1. 動物はなぜ光周性を使うのか==
==動物はなぜ光周性を使うのか==
 地球上に住むほとんどの生物は季節ごとの環境変化にさらされている。赤道近くでも降雨量や食物量に一年周期の変化がある。高緯度地方に行くほど環境の季節変化は著しく、生物に対する影響も大きくなる。そのため、生物は気温、食物量、捕食者の数などに見られる季節変化に対応して生きのびる方法を進化させてきた。
 地球上に住むほとんどの生物は季節ごとの環境変化にさらされている。赤道近くでも降雨量や食物量に一年周期の変化がある。高緯度地方に行くほど環境の季節変化は著しく、生物に対する影響も大きくなる。そのため、生物は気温、食物量、捕食者の数などに見られる季節変化に対応して生きのびる方法を進化させてきた。


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==2. 光周性のしくみに関与する三つの要素==
==光周性のしくみに関与する三つの要素==
 光周性のしくみを入力部、統合部、出力部に分けると、入力部として光受容系、統合部として光周時計、出力部として内分泌系の3つの要素が挙げられる(図2)。光受容系では光周期の明暗が区別される。光周時計と呼ばれる部分には二つのしくみが考えられる。一つは1日のうちの明るい時間または暗い時間を測定する測時機構であり、もう一つは短日や長日の日数を数えてその情報をためておく計数機構である。測時機構ではおよそ一日の周期を持つ体内の概日時計からの情報を得て長日か短日かを判断していると考えられている。計数機構によって数えた長日、あるいは短日の日数がある設定値に達すると、次の内分泌系に指令が出て、非休眠と休眠プログラムを切り替えるためのホルモン分泌が調節される。光受容系と光周時計は神経系に存在する。そして、神経からの指令が神経分泌というしくみを介して内分泌系に伝えられる。
 光周性のしくみを入力部、統合部、出力部に分けると、入力部として光受容系、統合部として光周時計、出力部として内分泌系の3つの要素が挙げられる。光受容系では光周期の明暗が区別される。光周時計と呼ばれる部分には二つのしくみが考えられる。一つは1日のうちの明るい時間または暗い時間を測定する測時機構であり、もう一つは短日や長日の日数を数えてその情報をためておく計数機構である。測時機構ではおよそ一日の周期を持つ体内の概日時計からの情報を得て長日か短日かを判断していると考えられている。計数機構によって数えた長日、あるいは短日の日数がある設定値に達すると、次の内分泌系に指令が出て、非休眠と休眠プログラムを切り替えるためのホルモン分泌が調節される。光受容系と光周時計は神経系に存在する。そして、神経からの指令が神経分泌というしくみを介して内分泌系に伝えられる。




==3. 昆虫光周時計のしくみ==
==昆虫光周時計のしくみ==
 光周性の中で光周時計のしくみが大変興味深い。しかし、ここはまだブラックボックスの状態であり、いずれの動物においてもその実体はわかっていない。測時機構のしくみを探るために20世紀の半ば、様々な昆虫を用いて光周期感受期に複雑な光周期スケジュールを与えた実験が行われた。その結果からいくつかの理論モデルが提唱され、現在では何らかの形で内因性の時計機構が関与することはほぼ間違い無いと考えられている。
 光周性の中で光周時計のしくみが大変興味深い。しかし、ここはまだブラックボックスの状態であり、いずれの動物においてもその実体はわかっていない。測時機構のしくみを探るために20世紀の半ば、様々な昆虫を用いて光周期感受期に複雑な光周期スケジュールを与えた実験が行われた。その結果からいくつかの理論モデルが提唱され、現在では何らかの形で内因性の時計機構が関与することはほぼ間違い無いと考えられている。


 測時機構を具体的に考えると、一日のうち何時間明期あるいは暗期であったかという相対時間を知り、それが自分にとって夏を告げる長日か、冬を告げる短日かを区別するしくみがある。その相対時間を知るためには、明期(あるいは暗期)と一日の絶対時間を何らかの方法で測定する必要がある。一日の時間を知るに都合がよさそうなのは一日に一回りする内因性の時計――概日時計――であり、ほぼすべての生物は概日時計を持っている。これまでに、概日時計に関する分子機構の研究は、[[キイロショウジョウバエ]](''Drosophila melanogaster'')で大きく発展し、時計機構の要となる遺伝子がいくつか同定されている。そこで、これらの概日時計遺伝子が光周性に関わるかという点からのアプローチがいくつかある。
 測時機構を具体的に考えると、一日のうち何時間明期あるいは暗期であったかという相対時間を知り、それが自分にとって夏を告げる長日か、冬を告げる短日かを区別するしくみがある。その相対時間を知るためには、明期(あるいは暗期)と一日の絶対時間を何らかの方法で測定する必要がある。一日の時間を知るに都合がよさそうなのは一日に一回りする内因性の時計――概日時計――であり、ほぼすべての生物は概日時計を持っている。これまでに、概日時計に関する分子機構の研究は、[[キイロショウジョウバエ]](''Drosophila melanogaster'')で大きく発展し、時計機構の要となる遺伝子がいくつか同定されている。そこで、これらの概日時計遺伝子が光周性に関わるかという点からのアプローチがいくつかある。


 キイロショウジョウバエは弱いながらも光周性を示し、成虫期に受容した短日情報に基づき、成虫休眠に入る。キイロショウジョウバエにおいて、概日時計遺伝子''period (per)''が光周性に関与するか否かを検討するため、行動に概日リズムの見られないper0(perのナンセンス突然変異)の複数の系統を用いて光周性が調べられた。その結果、per0個体にも光周性が見られたことから、キイロショウジョウバエでは時計遺伝子perは光周性に直接関与しないと考えられている。
=== 二種のショウジョウバエ ===
一方、キイロショウジョウバエと同じショウジョウバエ科の[[マエグロハシリショウジョウバエ]](''Chymomyza costata'')においては、別の時計遺伝子''timeless (tim)''が光周性に関与するという可能性が示された。マエグロハシリショウジョウバエは幼虫期に短日あるいは低温条件で育つと終齢幼虫で休眠に入る。このハエから光周期に関わらず休眠しない突然変異体''npd''が分離された。キイロショウジョウバエの概日時計遺伝子''per''と''tim''の相同遺伝子がマエグロハシリショウジョウバエから単離され、野生型と''npd''で比較したところ、野生型では''per''と''tim''いずれのmRNAにも日周変動が見られたが、''npd''では''pe''rのmRNA量は一日を通して一定となり、''tim''のmRNAはまったく見られない。また、野生型と''npd''の掛け合わせ実験から、''npd''突然変異体において光周性を失うという形質に関与するのは、''per''遺伝子座ではなく''tim''遺伝子座であることが明らかになってきた。
 [[キイロショウジョウバエ]]は弱いながらも光周性を示し、成虫期に受容した短日情報に基づき、成虫休眠に入る。キイロショウジョウバエにおいて、概日時計遺伝子''period (per)''が光周性に関与するか否かを検討するため、行動に概日リズムの見られない''per<sup>0</sup>''(''per''のナンセンス突然変異)の複数の系統を用いて光周性が調べられた。その結果、''per<sup>0</sup>''個体にも光周性が見られたことから、キイロショウジョウバエでは時計遺伝子''per''は光周性に直接関与しないと考えられている。
 
 一方、キイロショウジョウバエと同じショウジョウバエ科の[[マエグロハシリショウジョウバエ]](''Chymomyza costata'')においては、別の時計遺伝子''timeless'' (''tim'')が光周性に関与するという可能性が示された。マエグロハシリショウジョウバエは幼虫期に短日あるいは低温条件で育つと終齢幼虫で休眠に入る。このハエから光周期に関わらず休眠しない突然変異体''npd''が分離された。キイロショウジョウバエの概日時計遺伝子''per''と''tim''の相同遺伝子がマエグロハシリショウジョウバエから単離され、野生型と''npd''で比較したところ、野生型では''per''と''tim''いずれのmRNAにも日周変動が見られたが、''npd''では''pe''rのmRNA量は一日を通して一定となり、''tim''のmRNAはまったく見られない。また、野生型と''npd''の掛け合わせ実験から、''npd''突然変異体において光周性を失うという形質に関与するのは、''per''遺伝子座ではなく''tim''遺伝子座であることが明らかになってきた。

2008年6月25日 (水) 05:25時点における最新版

一日の明期または暗期の長さに対する生物の反応を光周性と言う。光周性は、植物が花芽形成を誘導するしくみとしてW.W. GarnerとH.A. Allard (1920) により発見された。その後、節足動物(昆虫、蜘形類、甲殻類)、軟体動物(腹足類)、脊椎動物(硬骨魚類、爬虫類、鳥類、哺乳類)など、さまざまな動物で報告されている。例えば、昆虫では繁殖や休眠などの生理活動の調節が光周性によって調節される。


動物はなぜ光周性を使うのか

 地球上に住むほとんどの生物は季節ごとの環境変化にさらされている。赤道近くでも降雨量や食物量に一年周期の変化がある。高緯度地方に行くほど環境の季節変化は著しく、生物に対する影響も大きくなる。そのため、生物は気温、食物量、捕食者の数などに見られる季節変化に対応して生きのびる方法を進化させてきた。

 動物は一般に繁殖の時期を子の生存に適した季節に集中させる。成長、移動、休眠などのタイミングもそれぞれ適切な季節に合わせ、種それぞれの生活史が形成される。また、広い生息域をもつ種では同じ種であっても地域や気候帯によって異なる生活史を持つものもある。温帯に棲む昆虫は、暖かい春から秋にかけて成長と繁殖を行い、冬は寒さや乾燥に対して耐性の高いステージで休眠に入るものが多い。それぞれの活動のタイミングをどうやって季節にうまく合わせるのだろうか。そのためには、これから訪れる季節を予測する必要がある。中緯度から高緯度地域において、季節を予測する環境信号として最も広く利用されているのは光周期、すなわち日長である。光周期は年によって変わることなく正確に一年の周期で変化するため、季節を知るにはもっとも信頼のおける信号となる。


光周性のしくみに関与する三つの要素

 光周性のしくみを入力部、統合部、出力部に分けると、入力部として光受容系、統合部として光周時計、出力部として内分泌系の3つの要素が挙げられる。光受容系では光周期の明暗が区別される。光周時計と呼ばれる部分には二つのしくみが考えられる。一つは1日のうちの明るい時間または暗い時間を測定する測時機構であり、もう一つは短日や長日の日数を数えてその情報をためておく計数機構である。測時機構ではおよそ一日の周期を持つ体内の概日時計からの情報を得て長日か短日かを判断していると考えられている。計数機構によって数えた長日、あるいは短日の日数がある設定値に達すると、次の内分泌系に指令が出て、非休眠と休眠プログラムを切り替えるためのホルモン分泌が調節される。光受容系と光周時計は神経系に存在する。そして、神経からの指令が神経分泌というしくみを介して内分泌系に伝えられる。


昆虫光周時計のしくみ

 光周性の中で光周時計のしくみが大変興味深い。しかし、ここはまだブラックボックスの状態であり、いずれの動物においてもその実体はわかっていない。測時機構のしくみを探るために20世紀の半ば、様々な昆虫を用いて光周期感受期に複雑な光周期スケジュールを与えた実験が行われた。その結果からいくつかの理論モデルが提唱され、現在では何らかの形で内因性の時計機構が関与することはほぼ間違い無いと考えられている。

 測時機構を具体的に考えると、一日のうち何時間明期あるいは暗期であったかという相対時間を知り、それが自分にとって夏を告げる長日か、冬を告げる短日かを区別するしくみがある。その相対時間を知るためには、明期(あるいは暗期)と一日の絶対時間を何らかの方法で測定する必要がある。一日の時間を知るに都合がよさそうなのは一日に一回りする内因性の時計――概日時計――であり、ほぼすべての生物は概日時計を持っている。これまでに、概日時計に関する分子機構の研究は、キイロショウジョウバエDrosophila melanogaster)で大きく発展し、時計機構の要となる遺伝子がいくつか同定されている。そこで、これらの概日時計遺伝子が光周性に関わるかという点からのアプローチがいくつかある。

二種のショウジョウバエ

 キイロショウジョウバエは弱いながらも光周性を示し、成虫期に受容した短日情報に基づき、成虫休眠に入る。キイロショウジョウバエにおいて、概日時計遺伝子period (per)が光周性に関与するか否かを検討するため、行動に概日リズムの見られないper0perのナンセンス突然変異)の複数の系統を用いて光周性が調べられた。その結果、per0個体にも光周性が見られたことから、キイロショウジョウバエでは時計遺伝子perは光周性に直接関与しないと考えられている。

 一方、キイロショウジョウバエと同じショウジョウバエ科のマエグロハシリショウジョウバエChymomyza costata)においては、別の時計遺伝子timeless (tim)が光周性に関与するという可能性が示された。マエグロハシリショウジョウバエは幼虫期に短日あるいは低温条件で育つと終齢幼虫で休眠に入る。このハエから光周期に関わらず休眠しない突然変異体npdが分離された。キイロショウジョウバエの概日時計遺伝子pertimの相同遺伝子がマエグロハシリショウジョウバエから単離され、野生型とnpdで比較したところ、野生型ではpertimいずれのmRNAにも日周変動が見られたが、npdではperのmRNA量は一日を通して一定となり、timのmRNAはまったく見られない。また、野生型とnpdの掛け合わせ実験から、npd突然変異体において光周性を失うという形質に関与するのは、per遺伝子座ではなくtim遺伝子座であることが明らかになってきた。