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走性とは刺激に対して方向性のある行動のことで、その動物の重要な生存戦略の一つである。ここでは、さまざまな動物でみられる走性について概説する。さらに、ショウジョウバエとならんで行動遺伝学のモデル生物となった線虫の化学走性についても紹介したい。 | |||
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走性とは、「刺激に対して方向性のある行動」を示すイキモノの生存戦略の一つであると定義することができる。刺激源に対して近づく方向に移動する場合を正の走性、逆に遠ざかる場合を負の走性と呼んでいる。 | 走性とは、「刺激に対して方向性のある行動」を示すイキモノの生存戦略の一つであると定義することができる。刺激源に対して近づく方向に移動する場合を正の走性、逆に遠ざかる場合を負の走性と呼んでいる。 | ||
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===さまざまな走性=== | ===さまざまな走性=== | ||
他に、重力走性、気流走性、浸透圧走性、接触走性、温度走性、電気走性などがある。ミミズは正の重力走性を示すが、[[ゾウリムシ]]は負の重力走性を示す。また、[[イトミミズ]]が団塊をつくるのは、正の接触走性による。ゾウリムシなどの原生動物では負の電気走性を示すことが多い。 | |||
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線虫は1000種類以上の化学物質を感知し、それらに対して化学走性を示す。例えば、寒天プレート上のある場所に酢酸ナトリウムを滴下し、線虫を別の場所に置くと、線虫は酢酸ナトリウムの方向へ移動を開始する。水溶性物質では、ナトリウムイオンや塩化物イオンのような無機物、cAMP、リジン、ビオチンなどの有機物に対する正の化学走性が知られている。揮発性物質では,ジアセチル、イソアミルアルコール、ベンズアルデヒドなどに対する正の化学走性が確認できる。線虫のエサである土中の微生物は、微量のアルコールやジアセチル、有機物を産出する。そのため、自然界で生きる線虫にとってこれら化学物質の存在は、近くにエサである微生物が存在することを意味している。 | 線虫は1000種類以上の化学物質を感知し、それらに対して化学走性を示す。例えば、寒天プレート上のある場所に酢酸ナトリウムを滴下し、線虫を別の場所に置くと、線虫は酢酸ナトリウムの方向へ移動を開始する。水溶性物質では、ナトリウムイオンや塩化物イオンのような無機物、cAMP、リジン、ビオチンなどの有機物に対する正の化学走性が知られている。揮発性物質では,ジアセチル、イソアミルアルコール、ベンズアルデヒドなどに対する正の化学走性が確認できる。線虫のエサである土中の微生物は、微量のアルコールやジアセチル、有機物を産出する。そのため、自然界で生きる線虫にとってこれら化学物質の存在は、近くにエサである微生物が存在することを意味している。 | ||
線虫の化学走性の強さは化学走性指数を用いて表される。化学走性指数は、化学物質域に存在する線虫個体数から反対側のコントロール域の個体数を引いたものを実験プレート内の全個体数で除することにより求めることができる。線虫が化学物質に対して正の反応を示した場合、この値はプラスになる。逆に、負の化学走性を示した場合にはマイナスの値を示す。様々な濃度の酢酸ナトリウムに対する線虫の反応を調査したところ、その濃度が0.5〜1.0Mで化学走性指数が最大となることが分かった。高濃度の酢酸ナトリウムに対しては、負の浸透圧揮発性物質であるジアセチルに対しては0.1〜1.0%の濃度で高い化学走性指数を示す。 | |||
一方、線虫は銅イオンやオクタノール、ノナノン、高濃度の揮発性物質などに対しては負の化学走性を示す。それぞれのイキモノにとって有害な化学物質に対して、線虫も負の走性を示すことで、生存率を高めているに違いない。 | 一方、線虫は銅イオンやオクタノール、ノナノン、高濃度の揮発性物質などに対しては負の化学走性を示す。それぞれのイキモノにとって有害な化学物質に対して、線虫も負の走性を示すことで、生存率を高めているに違いない。 |
2008年6月22日 (日) 13:27時点における版
走性とは刺激に対して方向性のある行動のことで、その動物の重要な生存戦略の一つである。ここでは、さまざまな動物でみられる走性について概説する。さらに、ショウジョウバエとならんで行動遺伝学のモデル生物となった線虫の化学走性についても紹介したい。
走性とは
走性とは、「刺激に対して方向性のある行動」を示すイキモノの生存戦略の一つであると定義することができる。刺激源に対して近づく方向に移動する場合を正の走性、逆に遠ざかる場合を負の走性と呼んでいる。
「飛んで火にいる夏の虫」という言葉がある。これは灯火に対して集まってくる昆虫が自ら火に飛び込んで死んでしまうということから、自ら災いの中に身を投じる例えとしてよく使われる。この光に集まるという昆虫の習性は、一見不利な結果をまねいているようである。しかし、生得的な行動がその動物にとって有害である場合は少ない。日中に行動する多くのイキモノにとって、光はエサや異性を探す上での重要な手掛かりとなる。前述の例えは、太陽光に集まるように進化した昆虫が太陽光と灯火を区別できずに光に集まるといった行動を起こした結果であり、その行動を修正できなかったことによる不運といえよう。
走性はイキモノが生存する上で有益な行動である。一般に「走性」という言葉は、神経系をもたない単細胞生物の行動を表す概念として用いられてきた。しかし、昆虫のように高度な神経系をもつ動物にも用いられており、走性の概念は反射行動と区別することが難しくなっている。
様々な動物でみられる走性
光走性
光が刺激源となる場合を光走性といい、ミドリムシは明るいところに集まる正の光走性を示す。逆に、カタツムリやミミズは負の光走性(暗走性ともいう)を示す。これら動物にとっては、土の中など暗所の方が高湿度であり、乾燥から身を守るために重要な行動といえる。
水流走性
水流が刺激となって起こる走性を水流走性という。メダカを水槽に入れておくと様々な方向に運動している。しかし、一定方向の水流が生じるとその流れとは逆方向に向かって泳ぎ始める。狭い範囲を住処とするメダカにとって、急な流れに逆らうことは、その場所から遠くへ流されることを防ぐことができる。
化学走性
化学物質の一定濃度が刺激となる場合を化学走性という。化学走性は多くの昆虫で観察することができる。例えば、カイコガの雄は、雌から分泌される性フェロモンに対して正の化学走性を発現し、交尾行動を行う。この性フェロモンの検出は頭部に存在する触角で行われており、感覚毛1本を刺激することができるフェロモンはたった1分子で充分であるという報告もある。また、アリは道しるべフェロモンを手掛かりとして、エサの存在場所を知る。エサを見つけたアリは直腸からこのフェロモンを分泌し、肛門から放出することで地面になすりつけながら帰巣する。巣から出たアリは、これを頼りにエサ場にたどり着くことができる。
さまざまな走性
他に、重力走性、気流走性、浸透圧走性、接触走性、温度走性、電気走性などがある。ミミズは正の重力走性を示すが、ゾウリムシは負の重力走性を示す。また、イトミミズが団塊をつくるのは、正の接触走性による。ゾウリムシなどの原生動物では負の電気走性を示すことが多い。
線虫の化学走性
線虫は1000種類以上の化学物質を感知し、それらに対して化学走性を示す。例えば、寒天プレート上のある場所に酢酸ナトリウムを滴下し、線虫を別の場所に置くと、線虫は酢酸ナトリウムの方向へ移動を開始する。水溶性物質では、ナトリウムイオンや塩化物イオンのような無機物、cAMP、リジン、ビオチンなどの有機物に対する正の化学走性が知られている。揮発性物質では,ジアセチル、イソアミルアルコール、ベンズアルデヒドなどに対する正の化学走性が確認できる。線虫のエサである土中の微生物は、微量のアルコールやジアセチル、有機物を産出する。そのため、自然界で生きる線虫にとってこれら化学物質の存在は、近くにエサである微生物が存在することを意味している。
線虫の化学走性の強さは化学走性指数を用いて表される。化学走性指数は、化学物質域に存在する線虫個体数から反対側のコントロール域の個体数を引いたものを実験プレート内の全個体数で除することにより求めることができる。線虫が化学物質に対して正の反応を示した場合、この値はプラスになる。逆に、負の化学走性を示した場合にはマイナスの値を示す。様々な濃度の酢酸ナトリウムに対する線虫の反応を調査したところ、その濃度が0.5〜1.0Mで化学走性指数が最大となることが分かった。高濃度の酢酸ナトリウムに対しては、負の浸透圧揮発性物質であるジアセチルに対しては0.1〜1.0%の濃度で高い化学走性指数を示す。
一方、線虫は銅イオンやオクタノール、ノナノン、高濃度の揮発性物質などに対しては負の化学走性を示す。それぞれのイキモノにとって有害な化学物質に対して、線虫も負の走性を示すことで、生存率を高めているに違いない。